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東京地方裁判所 平成8年(ワ)2783号 判決 1999年3月19日

平成八年(ワ)第二七八三号事件原告

仙名胞己

平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件原告

鈴木久美

(他四名)

右六名訴訟代理人弁護士

小薗江博之

平成八年(ワ)第二七八三号、平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件被告

株式会社ワタシン(旧商号 株式会社不二家不動産)

右代表者代表取締役

渡邉通司

右訴訟代理人弁護士

杉山朝之進

主文

一  被告は、原告仙名胞己に対し、金二五二万一二一〇円並びに内金二四〇万九五〇〇円に対する平成八年七月二六日から支払済みまで年六分及び内金一一万一七一〇円に対する平成八年一月一日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

二  被告は、原告鈴木久美に対し金九二三〇円、同仙名奈緒子に対し金四万一一五五円、同待井浩和に対し金一万八七七〇円、同森田淳也に対し金五万三九九五円及び同渡辺剛に対し金一万〇三〇〇円並びに右各金員に対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、平成八年(ワ)第二七八三号事件、平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件を通じ、これを二分し、その一を原告ら、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二及び四項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  平成八年(ワ)第二七八三号事件原告(以下「原告仙名」という)

被告は、原告仙名に対し、金四四二万一二一〇円並びに内金二四〇万九五〇〇円に対する平成八年七月二六日から支払済みまで年六分の割合及び内金二〇一万一七一〇円に対する平成八年一月一日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

二  平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件原告ら(以下「その余の原告ら」という)

1  原告鈴木久美(以下「原告鈴木」という)

被告は、原告鈴木に対し、金一三万九二三〇円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告仙名奈緒子(以下「原告奈緒子」という)

被告は、原告奈緒子に対し、金一七万一一五五円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告待井浩和(以下「原告待井」という)

被告は、原告待井に対し、金一五万二〇〇〇円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告森田淳也(以下「原告森田」という)

被告は、原告森田に対し、金一八万三九九五円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  原告渡辺剛(以下「原告渡辺」という)

被告は、原告渡辺に対し、金一四万〇三〇〇円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員である原告仙名が解雇されたのに対し、主位的に右解雇の効力を争い未払賃金等(予備的に退職金等)及び被告が金品を横領したなどと虚偽の事実を不特定多数の者に流布したため名誉を毀損されたとして慰謝料の各支払を求め、また、被告を退職したその余の原告らは被告に対し、未払賃金及び被告の悪口雑言によって精神的苦痛を被ったとして慰謝料の各支払をそれぞれ求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、土地建物の売買のほか書籍及びビデオソフト、コンパクトディスク、ファミコンソフトの販売等を業とする株式会社であり、平成一〇年六月三〇日、株式会社不二家不動産から商号変更された。

2(一)  原告仙名は、昭和六三年五月九日、同年六月に開店予定であった被告経営の書店「平安堂ブックボックス練馬」(以下「練馬店」という)の店長として被告に採用され(書証略)、平成七年一一月二〇日、被告代表者から同年一二月二〇日付けで解雇する旨通知された(以下「本件解雇」という)。

(二)  原告仙名の本件解雇当時の賃金は、基本給月額三〇万五〇〇〇円であり、毎月二〇日締め当月二五日払いであった(書証略)。

3  その余の原告らは、いずれも練馬店のアルバイト従業員として被告に勤務していたが、平成七年一二月二〇日、被告を退職した。

二  主たる争点

1  本件解雇の効力

(一) 被告の主張

本件解雇の理由は次のとおりである。

(1) 原告仙名は、平成五年ころ、日本中央競馬会の電話投票加入者となり、勤務時間中も勝馬投票券を購入したり、被告の従業員を勧誘し、原告仙名名義で勝馬投票券を購入させるなどしていた。被告代表者は、平成七年一一月一〇日、原告仙名に対し、右行為について注意するとともに原告名義の口座の取引内容を明らかにするように求めたが、原告仙名はこれに応じなかった。

(2) 原告仙名は、被告に秘して、原告仙名の妻である同奈緒子のタイムカードの不正打刻を行っていた。

(3) 原告仙名は、自家用車で通勤し、被告から燃料費及び駐車場の提供を受けていたにもかかわらず、経理係に対し、徒歩通勤であると申告し、電車・バスによる通勤手当を不正に受給していた。

(4) 原告仙名は、被告には独断で多数の競馬ビデオやアダルトビデオを仕入れていた。

右のとおり、原告仙名の勤務態度は著しく不良であるから、本件解雇は有効である。

(二) 原告仙名の主張

被告の主張する事実は、いずれも事実無根であり、否認する。

原告仙名が加入していたPAT方式電話投票とは、加入者が電話回線を使ってパソコン等の端末機を日本中央競馬会のコンピューターに接続し、勝馬投票券の購入等ができるシステムであり、勤務先には原告仙名の端末機がないので、勤務時間中に勝馬投票券の購入等をすることはできない。

原告仙名は、被告に入社当初電車・バス通勤をしていたところ、被告から車で本の仕入れをして欲しいと言われて運転免許を取得し、自家用車を購入したのであり、自家用車通勤にした際、被告はそれまでと同様の通勤手当を支給する旨原告仙名に約した。

右のとおり、被告は、何らの理由もなく、原告仙名を解雇したもので、本件解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効である。

2  原告仙名の未払賃金等

(一) 原告仙名の主張

(主位的主張)

本件解雇は、前記のとおり無効であるから、被告には次のとおり賃金等の支払義務がある。

(1) 平成七年一二月二一日から平成八年七月二〇日まで七か月分の賃金二一三万五〇〇〇円(三〇万五〇〇〇円×七か月)

(2) 平成七年一二月二五日支給の賞与二七万四五〇〇円(支給対象期間は、平成七年六月二一日から同年一二月二〇日まで、慣行による基本給の一か月分の賞与から源泉税一〇パーセントを控除した金額)

(3) 平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの未払通勤手当一万一七一〇円

(予備的主張)

仮に本件解雇が有効であるとしても、(2)、(3)は被告に支払義務のあるもので、(1)の支払義務はないが、その場合、被告には退職金の支払義務がある。被告には、退職金を、退職時基本給×勤務年数の計算で支給する慣行があるところ、原告仙名の勤務年数は七年以上八年未満であるから、三〇万五〇〇〇円×七年で二一三万五〇〇〇円である。

(二) 被告の主張

本件解雇は有効であるから、(1)の賃金の支払義務はない。また、被告には退職金支給の慣行などない。

(2)の賞与については、原告仙名は本件解雇により被告に在籍していないから、受給資格がない。また、被告には、賞与を一か月分とする慣行はなく、当該従業員の成績、被告の営業状況等に応じて支給することになっているところ、原告仙名は、本件解雇に伴い、他の従業員を集団で退職させようと企図するなど被告に損害を与えようとしたものであり、被告が賞与を支給しないとしても、不合理ではない。

(3)の通勤手当は、前記1(一)(3)のとおりそもそも原告仙名が不正に受給していたにすぎず、被告に支払義務はない。

3  その余の原告らの未払賃金等

(一) その余の原告らの主張

その余の原告らの賃金は時給計算であり、時給単価は別紙のとおりで、いずれも時給六五〇円以上であるにもかかわらず、被告は平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの賃金について、時給単価を六五〇円として計算して支給したのみであるため、それぞれ次のとおりの賃金が未払いである(ただし、本件においてその余の原告らが被告に対して支払を請求する未払賃金額はかっこ内の記載のとおりである)。

(1) 原告奈緒子 四万一一五五円(四万一一五五円)

(2) 同鈴木 一万九五七〇円(九二三〇円)

(3) 同待井 一万八七七〇円(二万二〇〇〇円)

(4) 同森田 五万四〇九五円(五万三九九五円)

(5) 同渡辺 二万二八一〇円(一万〇三〇〇円)

(二) 被告の主張

その余の原告らに対し、時給単価を六五〇円として賃金を支給した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

4  原告仙名に対する名誉毀損行為

(一) 原告仙名の主張

被告は、次のとおり、原告仙名の名誉を毀損する行為等をした。

(1) 「原告仙名は被告に多大な迷惑をかけたので一一月二〇日で店長職を解任している」旨記載された平成七年一二月二五日付け文書を不特定多数の者に郵送ないし頒布した。

(2) 被告は、平成七年一一月三〇日、原告仙名が一〇〇〇万円分のファミコンを横領した旨の虚偽の事実を不特定多数の者に言いふらした。

(3) 被告は、原告仙名は競馬に狂っていて仕事中に競馬新聞を広げていた等虚偽の事実を被告の従業員ら不特定多数の者に話した。

(4) 被告は、平成七年一二月二八日付け内容証明郵便で「君の中央競馬会の馬券購入の暗証番号並びに馬券購入用預金通帳のコピーを提示せよできなければ業務上横領を認めたものとして警察に告訴する」と記載し、原告仙名を脅迫した。

原告仙名は、右のような被告の名誉毀損行為及び脅迫行為により多大な精神的苦痛を被り、これを慰謝するには五〇〇万円を下らないが、そのうち二〇〇万円を請求する。

(二) 被告の主張

原告仙名主張(1)の文書の記載内容は、原告仙名の名誉を毀損するようなものではなく、交付した先は、本件解雇と同時期に被告を退職した一六名の従業員のみであり、いずれにしても名誉毀損行為には当たらない。

原告仙名主張(2)及び(3)の事実は否認する。同(4)の文書の記載内容は脅迫と評価することはできない。

したがって、被告に損害を賠償すべき義務はない。

5  その余の原告らの慰謝料

(一) その余の原告らの主張

その余の原告らの退職は、本来被告の対応に問題があったにもかかわらず、被告代表者は、その余の原告らに対し、その退職の際、「店を潰そうとしている」などと罵倒し、さまざまな悪口、脅迫を行ったほか、平成七年一一月以前も、レジの集計ミスをとらえて「アルバイトがお金を盗った」などと述べてアルバイト従業員全員を犯人扱いした。

その余の原告らは、被告の右のような行為により精神的苦痛を被ったものであり、これを慰謝するには各一三万円を下らない。

(二) 被告の主張

被告においては、就業規則上、自己都合退職の場合、その一四日前までに退職願を提出しなければならず、被告の承認があるまでは従前の業務に服さなければならない旨規定されているにもかかわらず、その余の原告らは、年末の繁忙時である平成七年一二月一五日に退職願を提出し、被告の説得や慰留を振り切り同月二〇日に退職したものであるが、被告代表者がその余の原告らを罵倒したり、悪口及び脅迫を行ったことはない。

その余の事実も否認する。

したがって、被告に損害を賠償すべき義務はない。

第三当裁判所の判断

一  本件解雇について

1  勤務時間中の勝馬投票券の購入について

(一) (書証略)及び原告仙名本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告仙名は中央競馬会のPAT方式電話投票システムに加入しているところ、右システムは、電話回線を使ってパソコン等の端末機を中央競馬会のコンピューターに接続して行うものであり、具体的には、原告仙名の自宅に置いてあるパソコンの端末に中央競馬会から送られてきたフロッピーを装着し、パソコンを立ち上げた後、加入者しか知らないパスワードの番号をインプットして投票画面にした後、その指示に従い勝馬投票券を購入するしくみになっており、原告仙名は自宅でないと勝馬投票券を購入することはできなかったので、勤務時間中に勝馬投票券を購入したことはなかった。また、原告仙名は、練馬店の従業員から依頼されて勝馬投票券を購入したことはあるが、自ら勧誘したことはない。

(二) 被告代表者は、原告が加入していたシステムによっても電話で勝馬投票券が購入できる旨被告本人尋問において供述し、陳述書(書証略)にも同様の記載がある。仮にそうだとしても、被告代表者は、原告仙名が勤務時間中に勝馬投票券を購入しているところを現認したことはなく(被告代表者本人尋問の結果)、原告がいつ、どのくらいの頻度で勝馬投票券を購入したことがあるのか一切不明であり、およそ被告の主張は抽象的なものにすぎない。また、他の従業員を勧誘したとする点についても、陳述書(書証略)に記載があるにしても、その内容は抽象的であり、これを裏付ける根拠もない。

(三) なお、被告代表者は、その本人尋問において、原告仙名の勝馬投票券の購入とファミコンソフトの在庫の紛失とを結びつけ、原告仙名がファミコンソフトを横領したかのような供述をし、陳述書(書証略)にも同趣旨の記載がある。しかし、そもそもファミコンソフトの在庫の紛失を裏付ける資料はない上、(人証略)(平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件原告)の証言によれば、練馬店のアルバイト従業員であった同証人から見て、ファミコンソフトが盗まれた様子はなく、その担当者からもそのような話を聞いたことはなかったことが認められるし、被告代表者も、原告仙名がファミコンソフトを持ち出した事実を確認したことはない(被告代表者本人尋問の結果)というのであるから、原告仙名がファミコンソフトを横領したとの事実は到底認められない。

(四) 右によれば、原告仙名が勤務時間中に勝馬投票券を購入したり、他の従業員も勧誘して勝馬投票券を購入させていたことを認めるに足りる証拠はないというほかなく、被告の主張は理由がないと言わざるを得ない。

2  原告奈緒子のタイムカードの不正打刻について

被告は、原告仙名が同奈緒子のタイムカードを不正に打刻していた旨主張し、陳述書(書証略)にも同趣旨の記載部分がある。しかし、右陳述書の記載内容は抽象的でいつ、どのように不正打刻がなされたのか一切不明であり、これを裏付ける証拠もないことからすると、右陳述書の記載はにわかに信用することができず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠もないから、被告の主張は採用できない。

3  通勤手当の不正受給について

(一) (書証略)及び原告仙名本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告仙名は、昭和六三年五月九日に被告に入社し、当初二年間は電車とバスを利用して通勤していたが、勤務が深夜に及んで電車やバスの利用ができなくなることがしばしばあったことや、当時被告代表者であった渡邉眞一(以下「眞一」という)が車で本の仕入れをしてもらわなければならないので運転免許を取得するよう指示したこともあり、運転免許を取得し、平成三年一一月に自家用車を購入し、それで通勤するようになった。そこで、眞一の妻で被告の経理を担当していた渡邉美佐子(以下「美佐子」という)に交通費の請求はどのようにすればよいか相談したところ、そのままでよいとの返答であったので、従来どおり月額一万一七一〇円を毎月二五日に給与と一緒に支給されていた。

(二) 被告代表者は、その本人尋問において、眞一が原告仙名に車の免許を取得するよう指示したことはなく、美佐子も原告仙名から通勤手当についての相談を受けたことはなく、両名に確認もしている旨供述するが、いずれも伝聞であって直ちに信用することはできない上、被告代表者は、駐車場で原告仙名に会うなどして原告仙名が自家用車で通勤していたことを知っていた一方、給与明細(書証略)は、被告代表者が記載しており、原告仙名に従来どおりの通勤手当を支給していたことも知っていた(被告代表者本人尋問の結果)にもかかわらず、本件解雇までそのことを原告仙名に対し、注意したり、指摘したりした形跡がない。これらのことからすると、被告代表者においても原告仙名の通勤手当支給を認めていたものと推認することができる。また、被告代表者の陳述者(書証略)には、被告は原告仙名に対し、燃料費を支給していた旨の記載があるものの、原告仙名は明確に否認し(原告仙名本人尋問の結果)、これを裏付ける証拠もない。

したがって、原告仙名は、被告との合意に基づいて通勤手当の支給を受けていたと言うべきであり、不正に受給していたということはできず、被告の主張を認めることはできない。

4  多数の競馬ビデオやアダルトビデオの仕入れについて

被告は、原告仙名が独断で多数の競馬ビデオやアダルトビデオを購入した旨主張し、原告仙名及び被告代表者本人尋問の結果によれば、競馬ビデオは二〇本ないし三〇本程度、アダルトビデオは新作を毎月一四本ないし一五本仕入れており、本件解雇当時在庫が約五五〇本あったことが認められるものの、右の本数が直ちに多数といえるのかどうか疑問であるし、原告仙名及び被告代表者本人尋問の結果によれば、ビデオの仕入れについては、ビデオ部門の担当者と店長である原告仙名に任されており、実際にも右両名が相談の上決定していたもので、原告仙名の独断あるいは無断で仕入れたということはできないし、被告代表者の意に沿わない面があったとしても、ビデオ担当者と原告仙名に任せていた被告代表者が競馬ビデオやアダルトビデオを多数仕入れたりしないよう指示した形跡もないことからすると、特段原告仙名に責められるべき点はなく、被告の主張は採用できない。

5  右のとおり、被告の主張はいずれも理由がなく、被告はさしたる理由もなく原告仙名を解雇したものと言うほかなく、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないから、解雇権の濫用に当たり無効である。

二  原告仙名の未払賃金等について

前記のとおり、本件解雇は無効であり、原告仙名の基本給月額が三〇万五〇〇〇円であり(書証略)、賃金の支給は毎月二〇日締め当月二五日払いである(書証略)から、被告には原告仙名に対し、少なくとも平成七年一二月二一日から平成八年七月二〇日までの七か月分二一三万五〇〇〇円の賃金支払義務がある。

また、賞与については、(書証略)及び原告仙名本人尋問の結果によれば、原告仙名は平成四年から夏季及び冬季賞与としてそれぞれ基本給一か月分が支給されていたこと、平成元年に被告の従業員を募集した際の求人広告に賞与は夏季及び冬季各一か月と記載したこと、平成七年一二月二五日にも被告従業員には約一か月分の賞与が支給されたことが認められることからすれば、被告においては、賞与として夏季及び冬季基本給各一か月分が支給される慣行があったというべきである。なお、被告は、本件解雇に伴い、原告仙名は他の従業員を大量に被告から退職させようと企図するなどしていたから、支給しないことも不合理ではない旨主張するが、そもそも原告仙名が他の従業員を大量に退職させようとした事実を認めることはできないから(書証略及び被告代表者本人尋問には、被告の主張に沿うかのような部分もあるが、(証拠略)(平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件原告)の証言及び原告仙名本人尋問の結果によれば、原告仙名はもとよりその余の原告らも明確にこれを否認している上、(書証略)の記載、被告代表者本人尋問の結果によっても、原告仙名が他の従業員を大量に退職させようとした具体的な方法に関する部分がなく、右記載や供述部分はにわかに信用できない)、被告の主張は採用できない。したがって、被告には原告仙名に対し、少なくとも賞与として源泉税一〇パーセントを控除した二七万四五〇〇円の支払義務がある。

さらに、通勤手当については、前記のとおり、原告仙名と被告との間で月額一万一七一〇円との合意があったというべきであるから、被告には原告仙名に対し、未払いのままである平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの一か月分一万一七一〇円の支払義務がある。

三  その余の原告らの未払賃金について

1  その余の原告らがいずれも被告のアルバイト従業員であったことは当事者間に争いがない。

2  そして、(証拠略)(平成九年(ワ)第一二一〇〇号事件原告)の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) アルバイト従業員は、被告との間で期間を一か月(毎月二一日から翌月二〇日まで)とする雇用契約を締結し、一か月後、双方に契約更新の意思があれば、その都度契約書を作成して契約は更新されており、また、賃金は、職能給、皆勤給、週末給、日祭給、レジ手当及びシフト手当を合計したものに勤務時間を乗じて算出することになっているほか、交通費は実費支給となっている。右のうち、職能給は時給五〇〇円からスタートし、勤務実績に応じて変動する。皆勤給は、一日五円とし、毎月の出勤希望日数を乗じて算出するが、上限二〇日分一〇〇円とされ、無断欠勤や遅刻があれば減給される。週末給は、土曜日及び祝日の前日を対象とし、一〇〇円に対象日を出勤希望日数で除した割合を乗じて算出する。日祭給は、日曜日及び祝日を対象とするもので、算出方法は、週末給と同様である。レジ手当は、レジ会計について、終日誤差のない日が一か月で五割以上が対象となり、五割以上六割未満は一〇円加算、六割以上七割未満は一五円加算、以降一割上昇するごとに五円ずつ加算され、当月分は前月実績で決まる。シフト手当は、練馬店が午前一〇時開店、午後一一時五〇分閉店であることからシフト勤務を採用しているところ、時間指定の上、一か月間そのシフト内でどこでも出勤可の希望が出された場合、半期二〇円、一か月四〇円を加算して算出するが、その他内容に応じて適時算出される。また、午後一〇時以降の勤務は、最初一・二倍とし、勤務実績に応じて倍率が上昇する。

(二) 前記(一)及び勤務シフト表(書証略)からその余の原告らの時給と勤務時間を算出し、交通費を加算すると平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの分の賃金は、それぞれ次のとおりとなる。

(1) 原告奈緒子 一一万〇二九五円

(2) 同鈴木 五万七二七〇円

(3) 同待井 九万二七四〇円

(4) 同森田 一四万二七二五円

(5) 同渡辺 七万七五一〇円

3  被告がその余の原告らに対し、平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの分の賃金を時給六五〇円として算出したことは当事者間に争いがなく、その余の原告らに支給された賃金は、それぞれ次のとおりである。

(1) 原告奈緒子 六万九一四〇円

(2) 同鈴木 三万七七〇〇円

(3) 同待井 七万三九七〇円

(4) 同森田 八万八七二〇円

(5) 同渡辺 五万四七〇〇円

4  したがって、その余の原告らの未来賃金は、それぞれ次のとおりとなる(ただし、被告のその余の原告らに対する支払義務が認められるのは、その余の原告らの請求を超えない限度であり、その額はかっこ内の記載のとおりである)。

(1) 原告奈緒子 四万一一五五円(四万一一五五円)

(2) 同鈴木 一万九五七〇円(九二三〇円)

(3) 同待井 一万八七七〇円(一万八七七〇円)

(4) 同森田 五万四〇九五円(五万三九九五円)

(5) 同渡辺 二万二八一〇円(一万〇三〇〇円)

5  なお、被告は、その余の原告らの賃金を時給六五〇円として算出した理由について、その余の原告らが就業規則の規定に違反して、退職届提出後五日で退職してしまったペナルティであるかのような主張をし、確かに、被告の就業規則(書証略)には、自己都合退職の場合、その一四日前までに退職届けを提出しなければならない旨の規定(二五条)があり、就業規則違反が減給処分の対象となると解される規定(二二条、二三条)もある。また、解雇予告手当について短期雇用契約者に関する規定(二七条)があることからすると、直ちに就業規則は短期雇用契約者には適用されないと解することはできない。

しかし、前認定のとおり、その余の原告らはいずれも短期雇用契約を締結した従業員であって、契約書(書証略)にも、雇用期間は一か月で終了すること、契約終了時、双方に再契約の意思があれば契約を継続することができることが明記されており、前記のとおり、契約を更新する場合はその都度契約書が作成されていたというのであるから、雇用契約期間中の退職であれば、就業規則を適用する余地があるとしても、契約書に定められた平成七年一二月二〇日の雇用期間満了をもって、その後その余の原告らが雇用契約を継続しなかったからと言って就業規則違反の問題は生じないのであって、この点に関する被告の主張は理由がなく、被告は未払賃金の支払を免れない。

四  原告仙名の慰謝料について

1  (書証略)、原告仙名及び被告代表者本人尋問の結果並びに(人証略)(平成九年(ワ)第一一〇〇号事件原告)の証言によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、「集団辞職をした諸君に告く」と題する平成七年一二月二五日付けの文書(書証略)を本件解雇と同時期に退職した従業員ら一六名に交付したところ、右書面には、原告仙名について「会社に多大な迷惑をかけたので一一月二〇日で店長職を解任している」との記載がある。

(二) 被告の原告仙名に対する平成七年一二月八日付けの内容証明(書証略)には「中央競馬会の馬券購入の暗証番号並びに馬券購入用預金通帳のコピーを提示せよできなければ業務上横領を認めたものとして警察に告訴する」との記載がある。

(三) 被告の従業員らは、原告仙名が競馬に凝ってファミコンソフト一〇〇〇万円相当分を横領したために解雇された旨聞かされていた。

2  右の事実を前提として検討するに、まず前記(一)の文書の記載は、それ自体内容に具体性がなく、名誉毀損行為であるとまでは評価できず、前記(二)の文書の記載は、確かに嫌がらせであるということはできるにしても、前記のとおり業務上横領が事実でないことや右記載が原告仙名の生命、身体、名誉等に対し危険を及ぼすことを内容としているとまでは言えないことなどからして、脅迫行為であるとまでは評価できない。しかし、前記(三)については、被告の多数のアルバイト従業員が聞かされていた上、その内容も虚偽の事実をもって原告仙名を犯罪者扱いするもので、原告仙名に対する名誉毀損行為に当たると言うべきである。なお、被告が、原告仙名は競馬に狂っていて仕事中に競馬新聞を広げていた等虚偽の事実を被告の従業員ら不特定多数の者に話したとする原告の主張は、これを認めるに足りる証拠がない。また、原告は本件解雇により被った精神的苦痛に対する慰謝料も主張するようであるが、解雇については、これを無効として賃金の支払を受けることによって、精神的苦痛は慰謝されるというべきである。

右によれば、原告仙名に対する慰謝料としては、一〇万円が相当である。

五  その余の原告らの慰謝料について

その余の原告らの退職後、「集団辞職をした者に告く」と題する書面(書証略)がその余の原告らに交付されたことは前記のとおりであり、右文書にはその余の原告らの退職を非難する内容も記載されている。しかし、それは、その余の原告らの平成七年一一月二一日から同年一二月二〇日までの時給単価を六五〇円とする根拠を縷々述べるものであることからすると、未払賃金の支払を受けることによって精神的苦痛は慰謝されるというべきであるし、その他の主張については、いずれもそれ自体具体性を欠いており、被告の不法行為を認めることはできないから、結局その余の原告らの慰謝料の請求は理由がないというほかない。

六  以上の次第で、原告仙名の請求は、賃金及び賞与、未払交通費並びに慰謝料一〇万円の合計二五二万一二一〇円並びに賃金及び賞与の合計二四〇万九五〇〇円に対する支払期日の後である平成八年七月二六日から支払済みまで商法所定の年六分、慰謝料及び通勤手当の合計一一万一一七〇円に対する不法行為及び支払期日の後である平成八年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の原告仙名の請求は理由がないから棄却し、その余の原告らの請求は未払賃金(ただしその余の原告らの請求金額を超えない限度)及びこれに対する支払期日の翌日である平成七年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、慰謝料の支払を求める部分は理由がないから棄却し、仮執行宣言について民事訴訟法二五九条一項、訴訟費用の負担について同法六一条、六三条、六五条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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